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2011年7月 8日 (金)

他力

日々是好日は、「自力」によるものでした。

自力のあとは「他力」でいっとこ。


他力・他力本願 というコトバは
元は、浄土宗・浄土真宗発信の仏教用語です。


× 他=他人
○ 他=阿弥陀如来

現在は、他力・他力本願というコトバを
他人任せで無責任な意味合い で使いますね。

辞書で調べると、
1つめに 仏教用語
2つめに 他人任せ  とくるので、
2つめに記載があるし、
今の使い方も100%間違いじゃないのかもしれんね。

しかし、
「他力」とか「悪人正機」という思想は、
浄土真宗の核心で、大事なキーワードなので、
公の場で安易に 2つめの意味で使っちゃあ
本願寺のみなはんが黙っておりませんでよw

ま。
どーでもいーぢゃーん。
ってな意見も聞こえてきそうですが。


他力を意訳するとこんな感じ(かしら)


・・・・・

自分の能力でなんだってできるなんちゃ
おごりたかぶっちゃいけません。

いつだって如来が
見守って救ってくれているのだから
そのことを、
人間の能力をはるかに超えた如来という存在に
わたしたちが生かされていることを感じながら、
力強く生き抜いていくしかないのです。

・・・・・

絶対的な 他(阿弥陀如来)の存在。
そのうえで
阿弥陀如来の本願(極楽往生)に
導かれるための自助努力(念仏)が大切です。


ということで、
他力といいつつも、自力という意味です。(たぶん)


反対語として自力があります。
(こちらは後付けで、仏教用語ではありません)

親鸞聖人は、比叡山にいた若い頃に
自己の能力によって悟りをひらこうと
毎日修行に励みましたが、
修行(自力)に限界を感じたことと、
比叡山の権力争いに疑問を感じたりして
下山を決めて、で国から世間から叩かれて
島流しにされ殺されかけた、
たいそうかわいそうな運命でした。

そういう、自力の限界を感じた経験から
他力が生まれたのかもしれません。(たぶん)


んだけども、わかりづらいよなあ。
結局 阿弥陀様任せじゃんってなりそうな。
実際は、阿弥陀様ありきの「自助努力」なんだが。
じゃあ自力でいいぢゃん。て言われそう。
その先、わしにはもう説明ができん・・(;ω;)

浄土真宗の思想は説明が困難。
だから本人も弟子も、誤解されるのをわかっていて
門外不出にしてたんであって、
だけど現在 世の中にコトバが出回ってしまってる以上
本願寺のみなはまが躍起になるのも、
代弁する立場として当たり前のことかもしれん。
わしももっと精進・勉強しなくちゃなあ。


ちょびっとだけ浄土真宗に縁がある者として、
他力の大事な1つめの意味を
アタマの隅に置いてくれる人が
ヒトリでも増えたら嬉しいな、と書かせていただいた。


なまんだーぶー。

南無、阿弥陀仏。

阿弥陀様に全てをお任せします


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コメント

筆ペンの字というか、筆で書く字が下手すぎて
般若心経を練習する本を買ってからというもの
般若心経とか仏教がすごい気になる!
のだけどよくわからんまま大人になってしまった・・・。

他力本願って悪い意味しか知らなかった~。
一人で頑張っているようでも誰かの支えがあるんだよね。
感謝の気持ちを忘れたらいかんということなのかな・・・。

わたしんちも浄土真宗なので勉強になります。
またいろいろ教えてね。

般若心経を練習するなんて、
ふるぼうのアグレッシブさがまたまたかいまみれたわ。
すごいなあ。尊敬だすよ!!

うちも同じで父親のほうは般若心経読んでで
母親のほうが浄土真宗なん。

般若心経は、父親が暗記してよくお経あげていたけど
ぎゃーてーぎゃーてー ときたら、
あ もうすぐ終わる♪と子供心に感じてたなあw
子供の頃はワケわからず退屈だったのよね。

色即是空 空即是色、リズムが良くて、
簡単なコトバの並びなのに、深いなあと関心するー。
般若心経、わしも勉強したいでつ~~!

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